
「よし、じゃあ、世界一周にしよう。」
奥さんと2人でそう決めたのは、僕が会社を辞める1ヶ月ほど前のことです。
2009年1月下旬のある日、僕は9年間勤めていた会社を、
それから半年後の7月末日をもって退職することになりました。
リーマンショックから始まった世界的な不況はピークを迎え、
東京は、稀にみる就職難の時代に突入しつつあったさなかのことです。
僕は36歳で、会社では最古参の1人でした。
美大で4年間過ごした後、(サボりすぎて学科単位不足で中退)
在学中にボランティアをしていたその会社に、社員として出戻りました。
ロクに就活もしないで、成り行きで勤めたようなものでしたから、
ロクでもない社員だった時期もあり、
社長にとても迷惑をかけてしまったこともありました。
それでも、すごく面倒をみて頂いて、お世話になって、
結果、9年もの間勤め続けることが出来たのです。
その会社で僕は、映像やアニメーション、デザインの仕事を担当していました。
1日中、パソコンにむかってのデスクワークですが、毎晩へとへとになるまで働きました。
クリエイティブな作業というのは、傍目で考えるよりずっとハードなものなのです。
ちょうど退職が決定したその頃も、大きなプロジェクトがスタートする直前で、
進退は決まったものの、それから3ヶ月間は休みなし。
終電まで働きまくりの日々でした。

「会社を辞めた後、どうするのか?」
2人で話し合いを始めたのは、そのプロジェクトが終わった5月の中頃からでした。
僕らは、(まだ勤続中だったので)毎週休みの日に、
ノートとボールペンをもって、自転車で近所のマクドナルドへ行き、
結婚して初めての、きちんとした「夫婦ミーティング」を行いました。
家で話せばよさそうなものですが、
意外と家では、こういうちゃんとした話し合いはしづらいものです。
テレビをみてしまったり、寝転がったり、忘れていた家事を思い出したり、
どうにも気が散って、話し合いが続かないのです。
家の外で、お金をかけずに、長時間の話し合いをするには、マクドナルドは最適でした。
毎回、3時間近く話し合いをしていたと思います。
迷惑な客であったことは間違いないですが、
おかげでかなり真剣に、ミーティングを重ねることが出来ました。
いつも同じマクドナルドというわけでもなく、
近所は近所なのですが、他の店舗のマクドナルドでもミーティングは可能でした。
僕らは、今後についての話し合いを、「マックミーティング」と呼ぶようになっていきました。
僕らは、以下の現状を前提としてミーティングをしました。
1、僕らは、結婚していて夫婦です。
2、(実は)中古のボロだけど戸建の持ち家があります。
3、犬を1匹飼っています。
4、(結婚してすぐに奥さんに財布を預けたので)多少の貯金があります。
5、子供は(まだ)いません。
それから、今回の僕の退社を、僕らは「またとない機会」と捉えていること。
そして、僕に再就職の意思がまったくないことを話し合いました。
当然、今後の収入をどうするか?から話は始まります。
まず、夫である僕は、どこか他の会社に再就職する気がありませんでした。
日本という国は、社会的な保障にしても何にしても、
家長はサラリーマンであることが前提のシステムが確立しています。
自営業や契約社員やフリーターは生きづらい国なのです。
にもかかわらず僕は、会社という組織の束縛からやっと抜け出した解放感と、
奥さんに再び今までと同じ生活を我慢させることは考えられなくて、
再就職は、はなからするつもりがなかったのです。
そしてそのことを、奥さんはとやかく言わないでいてくれました。
有難い話です。
その話はすぐに済みました。

次に僕らは、「やりたいこと」について話し合いをしました。
再就職しない僕は、奥さんと2人で何か「やりたい仕事」をやって生きていければいいなぁ、
と、能天気でアマい考えをもっていました。
2人は、これまでサラリーマン家庭として、
数年間、我慢しつつ思い描いていた非現実的な夢を、
ノートに1つずつ書いていってみました。
東京を離れて田舎に住む、小さなお店をはじめる、
流行りのライフスタイル提案的なお仕事をする…。
ぽろぽろと、アイデアは出ましたが、
何度かミーティングを重ねるうちに、僕らは気づきました。
アイデアはありきたりで、漠然としていて、自分たちがぜんぜんノッていないことに。
自分たちが「やりたいこと」を考えているはずなのに、
ミーティングが進むほど、どういうわけか、話は小さく、夢のない話になっていくのでした。
僕らは肝心の、「ほんとにやりたいこと」とはなんなのか?
自分たち自身がわかっていなかったのです。
今まで僕らは、本当はどんな仕事をしたいのか?
真剣に考えたことがなかったのです。
僕らは、ガクゼンとしましたが、
そこでいったん、ミーティングのテーマをリセットすることにしました。
生活費を稼ぐことを横に置き、やりたいことだけ挙げるとするならば、
何をしてみたいか?
僕の奥さんはこう言いました。
「世界を放浪してみたい!」
確かに、以前から(結婚する前からです)、奥さんはよくそう言っていました。
世界を放浪??僕は正直、思いがけないその提案にとまどいました。
「世界を放浪って、1ヶ月とか2ヶ月とか?」と、僕がたずねると、
「1年ぐらい!?」と、奥さんは言いました。
奥さんのその提案は、
僕には思いもよらぬアイデアでしたが、
すぐに、これはひょっとして、素晴らしいアイデアなんじゃないか!と思い、
「よし、じゃあ、世界一周に行こう!」と、その話にノリました。
そうと決めた瞬間、
モヤ~っとしていた目の前の霧が、一気に晴れた気がしました。

1年かけての世界一周旅行!
テレビや雑誌で見るだけで、いつか行ってみたいと思うだけだった世界の国々。
そこに行くチャンスは、確かに今しかないかもしれません。
僕らは夫婦で、多少の貯金があって、
子供がいなくて、しかも僕は会社を辞めるのです。
世界一周にこれほど都合が良い条件も、なかなか揃うものではありません。
そもそも僕は、カヌーイストの野田知祐さんの本や、
冒険家の椎名誠さんの本が好きでよく読んでいたのでした。
通勤中の電車で、野田さんが描くアラスカに想いを馳せるのは、
実に心地よい現実逃避でした。
中学生の頃は、椎名誠さんの本を片っ端から読んでいたましたし、
星野道夫さんの本や、石川直樹さんの本など、
僕は、旅行記や極地紀行の本がとても好きだったのです。
今回は、アラスカにもパタゴニアにも行かないかも知れないけれど、
「いま」なら、本物の世界一周旅行が可能なのです。
僕は、ふと思い出して、iPhoneにメモしておいた、
“Think Groval, Act Local” という言葉をノートに書きました。
ひと昔前に、“グローカル”という言葉が流行ったのだそうで、
古臭いキーワードだったのでしょうが、その時の話の流れにぴったり来る気がしたのです。
これをメモした時、僕は、“Act Local”という言葉の後半に、なるほどと思ったのです。
自分にとって、“Local(地元)”とは何処か。
何かを始めるときは、“Local”を定めなくてはならないのだな、とメモしたのでした。
そして前半の、“Think Groval”が、「世界を放浪してみたい」という奥さんの言葉に
そのままあてはまるじゃないか、と思ったのです。
僕らは、やりたいことをやるにしても、
「何」を、「どこ」でやりたいのかが、まだわかっていないのだから、
とりあえず、世界一周してみて、それを考えよう。
世界一周旅行は、100%遊びで浪費だけど、
帰ってくるまでに僕らは、それを決定しなくてはならない、
ということを2人で決めました。
僕らは、やるべきことが決まった爽快感を感じていました。
こうして僕らは、世界一周にいってみることにしたのです。
(ぶー)

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