小さな世界一周

夫婦で世界一周!ぶー&にちこです。長らく中断していましたがブログ再開しました!☆6年前(2010)に旅した世界一周の記録です。

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オシフィエンチム:アウシュヴィッツにて。

アウシュヴィッツトップ

ポーランド共和国/オシフィエンチム(2010年6月25日)

ナチスの強制収容所、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所を見学。
ユダヤ人の大量虐殺が行われたとされる、負の世界遺産です。




アウシュヴィッツは、クラクフからバスで日帰り出来ます。

ぼくらは、クラクフからアウシュヴィッツへ行き、
その後、クラクフに戻っては来るけど、宿泊せずに、
そのまま、次のリヴィウへ夜行バスで行ってしまおう、
ということにしていました。

朝、クラクフの宿の食べ放題朝食を使って、
サンドウィッチのお弁当を作り、チェックアウト。

バスターミナルで、先にリヴィウ行のチケット(1人90zt、約2700円)を購入。
その後、アウシュヴィッツへ。

アウシュヴィッツ行のバスは、バスターミナルから出ています。
1人10zt(約300円)。




いわゆる、アウシュヴィッツ収容所跡は、
オシフィエンチムというところに、第一収容所があり、
その近くのビルケナウに第二収容所があります。

アウシュヴィッツへのバス

クラクフからのバスは、オシフィエンチムに到着し、
ビルケナウには、オシフィエンチムから無料バスで行けます。

実はちなみに、
この時すでにバス代以外のお金を持ってませんでした。

この日のうちに、移動するつもりだったし、
アウシュヴィッツは、ガイドなしなら無料だという情報を、
ネットかどこかで見たような気がしたような気がして、
まあ、とりあえずなんとかなるかなと。
そんな感じでアウシュヴィッツに向かいました。

到着してみると、
まあやっぱり思ってた通りではなく、
アウシュヴィッツ見学は、基本、有料のガイドが必要だ、
という雰囲気でした。

で、入口で係の人に聞いてみたところ、
ガイドなし無料で入場出来るのは、午後15:00以降です、
と言われました。

アウシュヴィッツ時間

ああなるほどそういうことかと、
じゃあまあ待つしかないかと、
思いそうになったところ、
「第二収容所(ビルケナウ)のほうは、15時前でも入場可能よ」
ということだったので、先にビルケナウ第二収容所見学へ。

ビルケナウまでは約3km。
前述の通り、第一収容所前から無料バスで行けます。

ビルケナウ1

ビルケナウ第二収容所です。

ビルケナウ2

被収容者の多くは、この第二収容所に収容されていたらしいです。
敷地はかなり広く、たぶん復元施設ですが、
一部公開されている収容施設は内部も見学出来ます。

この収容所に、6棟あったといわれるガス室は、
破壊され、原型をとどめていないそうです。

この第二収容所、パネル等での解説がとても少ないので、
英語が読めたとしても、更に予習して来たとしても、
ガイドなしだとよくわかりません。




ビルケナウの見学を終え、
また無料バスで第一収容所へ戻ります。
まだ少し早かったので、15時まで待って、
第一収容所を見学しました。

アウシュヴィッツ1

ゲートです。
ARBIET MACHT FREI(働けば自由になれる)
と書いてあるのですが、3文字目のBが上下逆さまになっていて、
これを造らされた被収容者のささやかな抵抗だったとか。

第一収容所は、収容施設の他に、
管理施設や、銃殺刑が行われた死の壁、
裁判所、病院、人体実験のための施設などがあったらしいです。

アウシュヴィッツ2

こういう建物の中には、
被収容者が入所時に没収された遺品や、顔写真、
収容された人々の国(ユダヤ人だけではない)による、
ビデオや写真やパネルが展示されていました。
こちらも、ガイドなしだとほとんど内容はわかりません。


ガイド付きで見学した人の話しによると、
日本語ガイド(要予約)がベストとのことです。
たぶん、そうなんだと思います。

ぼくらは正直、よくわからないまま
アウシュヴィッツを後にしました。




実はですね、
この、アウシュヴィッツを見学する日の朝、
ネットで見つけた、とあるテキストを読んでから出かけたのです。

そのテキストというのは、
ひと昔前にあった、「マルコポーロ」という雑誌に掲載され、
その雑誌が廃刊に追い込まれた原因となったという、
西岡昌紀氏の『ナチ「ガス室」はなかった』という記事の全文です。

にちこさんが、アウシュヴィッツの予習をしようと、
ネットを見てたら偶然発見したのでした。

このテキストそのものに賛否両論があるらしいのですが、
内容は要するに、タイトルにもある通り、
ガス室を使用しての大領虐殺に関する疑惑、
についてのテキストです。

そのテキストのリンクは貼りませんが、
ウィキペディアに、同様のカテゴリーがあったので、
そちらをリンクしておきます。

★Wikipedia:ホロコースト否認

ものすごくつづめて言うと、
通説とおりの、ガス室を使用しての大量殺人は方法として不合理、
(コストが高くて、労力も半端なくて大変)
通説で使用されたとされる毒ガス、チクロンBも無理がある、
そもそも、ユダヤ人絶滅計画は存在せず、
ナチスがソ連を撃ち破った後、強制移住させるために一時的に
強制収容していた。などなど…。

という、話しがあるらしいのです。
通説、というのはアウシュヴィッツに関してぼくらが知っているようなことですが、
それは、いわゆるニュルンベルク裁判の結果なわけですよね。
(第二次大戦終結後、連合国によってナチス戦犯が裁かれた裁判)

この説の持つタブー性故に、どこかから圧力がかかって、
マルコポーロは廃刊に追い込まれたそうです。




ホロコースト否認説が主張する内容の真偽は、
もちろんぼくにはわかりません。

ただまあ、そういう話しもあるらしい、ということを、
その日の朝、たまたま読んでから出かけたので、
多少、混乱した状態でアウシュヴィッツを見学したというわけです。

だからと言って、
ナチスがやったことを肯定するわけでも、
アウシュヴィッツの存在そのものに疑問を持つわけでも
ありませんよ。もちろん。

計画的な大量殺人であれ、病死であれ、なんであれ、
大勢の人が、(その数は昔は600万人といわれ、その後150万人といわれます)
アウシュヴィッツに強制的に収容され、
そこで何十万人かが死んでしまったのだと思うし、
その大半は、ぼくらと同じふつうの人だったのだろうと思うからです。

アウシュヴィッツは、映画でも小説でもなく、
たった70年前に実際に起こった、現実だからです。

国や政府と、そこに暮らす人々はイコールではありません。
評判の悪い国は、そこに住む、その国民までもが
悪人ばかりではないのは、当たり前ですよね。

世界を旅してると、
どの国に行っても、そこで暮らす人たちは、
ぼくらと同じふつうの人ばかりだということが、
実感としてとてもよくわかります。
暮らす環境がそれぞれ違うだけです。

それは、70年前だって変わらないはずです。
あの頃、たまたまドイツに生まれ、
あの頃、たまたまユダヤ人として育った人々が、
それぞれの国や状況に振り回され、
罪を犯したり、理不尽に殺されたりしたのだと思います。

そういう人達の大半は、
映画やドラマに登場する主人公達ではなく、
その背後にいた、ぼくらみたいなふつうの人々ですよね。

それらは、現実に起こったことだと、
想像しなければいけないのが、
アウシュヴィッツという場所が残る意味だと思いました。




ただ、行ってみる場合は、
ものすごく予習して行くか、
素直にガイドツアーに参加したほうがいいと思います。

アウシュヴィッツは、
そんな感じでした。





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  1. 2010/12/22(水) 09:02:28|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

ご無沙汰です。
2011年も終わりですね~。

とてもよいお話ありがとうございました。
戦争を考えるたび、正義などないのだと思うのです。
正も悪もないと。。。

よいお年をお迎えくださーい。
  1. 2010/12/27(月) 14:21:29 |
  2. URL |
  3. ShihoOshita #-
  4. [ 編集]

>オオシタさん

ごぶさたです!
今年は僕にとっては、なが~い一年でした。
いろいろあったなあ。
そっちは寒そうですな。東京も寒いけど。
よいお年を!
  1. 2010/12/27(月) 16:13:45 |
  2. URL |
  3. ぶー #-
  4. [ 編集]

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