小さな世界一周

夫婦で世界一周!ぶー&にちこです。長らく中断していましたがブログ再開しました!☆6年前(2010)に旅した世界一周の記録です。

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コシツェ:天空の城スピシェへの道。

コシツェトップ

スロバキア/コシツェ、スピシェケーポドフラディエ(2010年6月30日~7月1日)

世界中に存在する「ラピュタのような遺跡」のひとつ、スピシェ城へ。
この城に辿り着くまでも、これまた大変な道のりでした。








なかなか楽しかったリヴィウを後に、
お次はスロバキアへ。

「まるで天空の城ラピュタに登場する城のようだ」
という噂の遺跡や世界遺産って、至る所に存在します。
そういうもののひとつ、スピシェ城を目指します。

スピシェ城は、スロバキアのコシツェという町から
アクセス可能なのですが、前回書いた通り、
ウクライナのリヴィウからコシツェへの直行は、
バスも鉄道もなく、少し大変。

結局ぼくらは、鉄道でウジホロドへ行き、
そこでバスに乗り換えてコシツェに行けました。

ほんとはバスで行きたかったんですけど、
ぶーさんが寝坊してバスに乗れなかったんです。
で、鉄道で行くことに。

ほんとは、鉄道は避けたかったんです。
東欧のここらへんの鉄道は、あまりいい噂がないんです。
悪い噂のひとつが「毒ガス列車」。
ウソかホントか知らないですが、
車両全体に睡眠ガスをぶわ~っと散布して
乗客全員を眠らせ、貴重品を盗むという…。
そういう噂があるのです。

コシツェへの鉄道

ですので、リヴィウ発の夜行列車に乗り込む際は、
バックパックに厳重にパックセーフをかけて乗り込みました。

でもまあ、例のごとく、いざ車内に入ってみると、
寝台席の座席の中に荷物を入れることが出来て、
その上に座れるようになってて、割と安全でした。




結局のところ、この鉄道はなかなか良かったんです。

コシツェへの鉄道2

リヴィウを出発すると、みんなさっさと寝てしまいましたけど、
ぶーさんが、マクラのセッティングにもたもたしてると、
近くの席のおばさんが、もう!貸しなさい!
という感じで、手伝ってくれたり。

もちろん、何かを盗まれることなどなく、
無事にウジホロドへ到着しました。

ウジホロド

リヴィウを出たのは、深夜1:28で、
ウジホロド到着は、早朝7:49でした。

ウジホロドの駅では、
たまたまそこにいたらしい私服の警官に
パスポートを見せるよう求められる、ということがありました。
ぼくらは最初私服だったので、
「あんたは制服着てないじゃん(もちろん日本語)」と言って
見せずに通り過ぎました。
そういう手口のひっかけ犯罪もあるのです。

そしたら、制服の駅員にもう一度呼び止めさせて、
結局、その私服にパスポートを見せることに。
でも見せると、「日本人か(英語)」と、表紙を見ただけで
返されました。要するに中国人かと思ったんだと思います。
中国人だとどうなるんだろう、と思いましたけど、
とりあえず何もなく済みました。




さて、コシツェに行くにはこのウジホロドから
バスに乗り換えです。

鉄道駅のロータリーの向かい側に、
バスターミナルがあります。
コシツェ行きのバスが何時か訊ねると、
8:20発だといいます。コシツェまでは、1人80UAH(約1000円)。
それはラッキー!だけど金がない!
大慌てで全力疾走でぶーさんが鉄道駅に走り、
ATMでお金をおろして、ギリギりセーフ。
なんとかバスに間に合いました。
乗れて良かった。

ウジホロド 2

ところがこのバスがまた怪しいバスでした。
バスターミナルを出てすぐのところで、
途中乗車というカタチで人を乗せます。
これはよくあること。
要するに、チケット売場でチケットを買わずに
途中乗車で人を乗せると、乗る方は多少安く、
乗せる方、つまり運転手にも会社と関係ない
運賃収入があるのでしょう。

ヨーロッパに入ってからはさすがにこういうのは
見かけませんでしたけどね。よく見かけたのは中国です。

バスの乗客のほとんどが、なんだか怪しいなあと
気づいたのは、しばらくしてからでした。
なにか、みんなでヒソヒソ話しが多いのです。

国境前にそういう専門の店があって、
乗客は一度おりて、酒やオカシを買い込んでました。
この時は、そういうことかと思いました。
ウクライナの安い酒をスロバキアへ持ち込む、
そういうことかと。

国境では、バスの中でまとめてパスポートを渡して、
乗客は車内の中で待ちました。

あ、この時もぶーさんひっかかりました。
なんだかスタンプがたくさん押されてるのが
怪しく思われたのかもしれません。
ひとりだけ外に呼ばれて、
ウクライナにどれだけ滞在してたのかとか、
これからどこに行くとか聞かれた後に、
「ガンやドラッグは持ってるか?」と聞かれ、
持ってるわけないと答えたら、戻っていいといわれました。

イミグレでは、スロバキア入国時に荷物チェックがありました。
全部広げられるのかと思いきや、
タバコと酒は持ってるか?と聞かれただけで、
荷物は開けられもしませんでした。

そうしてイミグレを出てしばらく走ると、
なんだか、ナゾの料金の徴収が始まりました。
が、ぼくら他、もう1名のフツウの乗客は徴収されません。
そのもうひとりの方(スロバキア人男性)が、
「あれは君たちは払わなくて大丈夫」と、
教えてくれもしました。

それからまたバスは走り出し、
なんだかよくわからないまま、
のんきなぶーさんは寝てしまいました。
もちろんにちこさんは起きてました。

これは後でにちこさんから教えてもらった話しですけど、
ぶーさんが寝てるうちに、なんだかおかしな場所で、
しばらく停車してたらしいんです。
廃車置場みたいなとこだったらしいです。

乗客の中の2人が荷台に隠していた
なにかの包みを、外のタイヤの山の中に
隠すのをにちこさんは見たらしいです。

その後、ヒソヒソ話しをしてた乗客みんなと、
運転手が、「よっしゃー!」という感じで
ハイタッチとかしちゃって、喜びあってたらしいです。

つまり、運転手ぐるみの運び屋だったんですね。
イミグレの様子とか考えると、
あのへんもグルかもしれませんね。
まあ、ぼくらに何も被害はなかったので
別にあれですけど。

ただ、起きてたにちこさんは、
巻き込まれやしないか、けっこう心配だったらしく、
そんな時にぐーすか寝てるぶーさんを見て、
ひねりつぶしてやろうかと思ったと、
後から言われました。




イミグレ通過に2時間あまりかかったので、
コシツェ到着は、昼の12:30頃でした。

バスターミナルで、スピシェ行きのバスのチェックをして、
歩いて宿へ。

コシツェ宿

この宿は、よくなかったです。
7.6ユーロという情報だったけど、10ユーロ(約1300円)。
そのかわり、4人ドミを2人で使わせるといいます。
なんか話しが違うな~と悩んでいると、
宿のオバチャンが少しキレはじめちゃいました。
泊まんの!?泊まんないの!?という感じ。
キッチンは使えるかと聞くと、使えないといい、
チェックアウトは朝9時だといいます。

他にあてもなかったので、結局ここに1泊。
ここは、労働者宿でした。出稼ぎ系の人が、泊まる宿です。
それはいいんですけど、
キッチン使えないって言ったくせに、
ぼくらが外から戻ってくると、
労働者の人たちはキッチンで自炊してました。
ウソつき。オバチャンの嫌がらせというわけです。




コシツェに1泊して、翌朝スピシェ城を目指します。
コシツェの町は、キレイだけど面白みはありません。

コシツェの町

メインストリートが1本あって、
そこに教会や噴水があります。それだけ。

スーパーはちゃんとしてました。
TESCOとBILLAがあって、
BILLAのニセモノのBALAというスーパーも。

コシツェまで来ると、
あたたかいを通り越して、暑くなってきて、
半そでで過ごしました。

なにしろこの時のヨーロッパは、
夏真っ盛りでしたから。




翌朝、6:00起きでチェックアウト。
荷物を背負って駅へ向かいます。

スピシェ城に行くには、
スピシェケーポドフラディエというところへ行きます。
スピシェケーポドフラディエ行きの電車は、7:21発。1人2.98ユーロ(約380円)。

スピシェへ

…で、ですね。
ぼくらは荷物を背負ってきたわけですが、
駅のラケージに、荷物を預けて、城に行くつもりだったんですね。
ところが、ラゲージがやってない…。
(実はもう1カ所荷物預け所が奥にあってそっちは開いてたかも)
電車は7:21に出発してしまう、
なんとぼくらは、仕方なく荷物を背負って行くことに。

スピシュケーポドフラディエの手前、
スピシュケーヴラヒーで乗り換え…のはずが、
一旦降りて、女性の駅員さんに、スピシェケーポドフラディエの電車は?
と聞くと、手招きして、駅の裏へ連れて行かれ、
「バス!」と、バスを指差します。
ぼくらはまた、「え~!?」と、とまどっていると、
この駅員さんも、早く乗りなさい!とばかりにプチギレ。

スピシェへ 2

乗ってみてわかりましたが、
スピシュケーヴラヒーから、スピシュケーポドフラディエへの
路線が要するに廃線になっていたのですね。
その代わりのバスだったみたいです。
電車賃はスピシュケーポドフラディエまで払っていたので、
電車に乗る人は無料のバスみたいでした。




そんなこんなで、
ようやく城に到着…ではありません。

大変だったのはこれからです。

スピシェ山登り

あれに見えるが、天空の城スピシェ城。
ちなみに、ぼくらはまだバックパックを背負ったまま。
荷物をかついで、あそこまで登らなくてはならないわけです。

スピシェ山登り 2

いやー、シャレになりませんでした。笑
この頃の荷物は、以前に比べれば相当軽くなってたとはいえ、
1人15kg前後ぐらいです。山裾の道は急ではないものの、
荷物を背負ってだと、30分以上かかりました。
5kgの米を3袋背負って、山道を登るところをご想像ください。

スピシェ山登り 3

そしてなんと、
にちこさんは途中で荷物を放棄。笑
道ばたに荷物をくくりつけていくことに。

「どうせなら盗まれてくれればいいのに…」
なんて言ってました。笑
そうすれば、もう重い荷物に苦労することもありません。

実際、世界一周をするのに、
重たい荷物をたくさん持ち歩くのは、
かしこいとは言えないです。
この頃すでにそう思ってました。
もしいつか、またそういう旅をするなら、
ぼくらは荷物は最低限、それ以上の物は必要に応じて現地購入、
そしてとにかく小さなカバンで、荷物が増えないように
するだろうなと思います。

それでもぶーさんは、荷物を持って上まであがりました。

スピシェ山登り 4

しかーし、こちら側の入口は閉鎖中…。
更に、正面の入口まで歩きます。

スピシェ城

そうしてようやく、城に到着。あ~大変だった。
もはや汗だく、疲労困憊。
入場料は1人5ユーロ(約650円)。

城の中は、さすがに入口でバックパックを預けて、
手ぶらで見学しましたです。

スピシェ城2

城の中は、それなりに楽しみました。
拷問部屋なんかもあって、ベルセルクを思い出したり。

スピシェ城3

城から見下ろす町と、
その向こうの空に広がる空と雲の眺めは、
なかなか見事でした。




そして、来た道を戻ります。

スピシェ城4

荷物は、無事でした。笑

スピシェ城5

こうして見る城の眺めが、
空に浮かんで見えるというわけですよね。

さっき城の上から見たような雲が、
城の後ろに見えれば、けっこうラピュタっぽかったかもしれないです。




バスを降りた場所で、帰りのバスを待ちます。

スピシェから戻る

30分ぐらい待ったけど、なんとか戻れました。
14:20頃でした。またバスは無料。
駅で切符を買うと、ちょうど14:40発の電車が。
そのためのバスだったということでした。

スピシェから戻る 2

そして、ぼくらはコシツェに戻り、
そのまま次のブタペストへ。
18:06発のブタペスト行。

ブタペストへの切符は購入済みだったのですが、
片道だと1人25ユーロ、往復だと20ユーロだといいます。

???という感じで、なんで?と思っていると、
「こっちのほうが安いって教えてあげてるのに!」と、
窓口の女性がまたプチギレ。
この国の女性は、みなさん高血圧気味なんでしょうか…。

結局、理由はさっぱりわからないまま、
20ユーロの往復切符でブタペストに行くことに。

この時、往復切符を買っておいて大正解でした。
実は後日、この往復切符に、ぼくらは助けられることになります。




出発前に、駅で腹ごしらえしました。

駅の食堂では、思いがけず、
スロバキア料理を楽しめました。

コシツェで食事

ハルシュキです。
これ、美味しかったです。

ほとんどニョッキですが、
羊のチーズたっぷりのニョッキ。
別のグラスで出てくる羊のヨーグルトをかけて食べます。
美味しかったです。こういうのもっと食べたかったなあ。




ブタペスト行きの電車は、
エアコン付きでとても奇麗でした。

というわけで、次はハンガリーのブタペストです。




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  1. 2011/01/04(火) 11:13:22|
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